昭和46年06月22日 朝の御理解
御理解 第62節
「昔から、人もよかれわれもよかれ、人よりわれがなおよかれというておるが、神信心をしても、わが身の上のおかげを受けて、後に人を助けてやれ。神信心も手習いも同じこと、一段一段進んでゆくのじゃ。にわかに先生にはなれぬぞ。」
今日は神信心も手習いも同じこと、一段一段進んでゆくのじゃと言うところをね、果たしてお互いの信心が一段一段進んでいきよるであろうか、と言う事を一っ思うて見ねばいけません。もう十五年も二十年も信心しとられると言う人もありますけど、私から見て一っもここが分かっとらんねと、一っも信心が進んどらんねと、こう思うような人が沢山あると言うことです。
そこへ昔から人もよかれ吾もよかれ、人よりも我は尚よかれと言う様な、精進をなさっておられる、又わが身の上におかげを受けて後に人を助けてやれと言う様な、先ず自分が先だと、人より自分の方が、ようなからねばならんと、人より我は尚よかれと言う様な表現にも、一寸こう金光様の御信念から考えますと、間違っとるような感じがするんですけど、今日私ここの処をやはり、後に人を助けてやれと言う事は
、自分が覚えて後に人に教えてやれと言う風に頂くべきだと思うです。教えて貰うそこから、助かりは自然ついて来るものですから、人もよかれわれもよかれ、人よりも我は尚よかれと言うのもです、稽古をするからには、誰よりも一っ上達したいと願うのはこれは当たり前です。だから人の事はどうでもよい、自分が先に助かればよい、人をおしのけてでもというそういう意味ではなくて、同じ稽古をさせて頂くならば本気でさせて貰うて、人よりも上手にならうと言う事だと私はこう思いますね。
そうでないと教祖様の御信心、人よりもわれ尚よかれと、何かこう人を押しのけてでも、自分が先に助かりたいと言うたような、それではない、これは稽古をさして貰う皆の心と言うものがですね、稽古させて頂くからには、本気で稽古をさせて頂いて、いわば師匠まさりのおかげ頂きたい、師匠まさりにでも覚えたいと言うような、そういう意味の事だと思うですね。今日私そこんところをそんな風に感じました。
折角稽古するならです、本気で一っ覚えたいとそう言う事で、そうすると後に人を助けてやれと言うことも、自分が助かって、そして人も助けてやれと言うことも、一寸意味が変わって参ります。先ず自分が覚えてからと言う意味なんである。そして之は助けてやる人に教えてやると、最後のところに信心も手習いも同じ事と言うところを見ると、私はそういう風に思うのです。ですから先ず自分が覚える、そしてそれを人に教えて上げる、教えて頂くその人はそこから助かっていくことになる。
そこでねお互いが、ここには信心の稽古に来るところと仰しゃるけれども、果たして稽古に来ておるのかどうかと言う疑問になります。これは自分自身の心に自問自答して見るがよいです。そして何のどこを焦点にして稽古しておるかと言う事を、思って見なければいけないと思うです。信心の内容として願うと言うことは、我が身の立身出世を願う事もよかろう、それこそ牛馬の事に至るまで人事百般何なりとも願う、願えと仰しゃられるから願わねばならん。
ですけれど、それが願うだけに終わっている事はないだろうか、この苦しいところから、とにかく一日も早く楽になりたいと言う事だけで、ただ十年も二十年もお参りして来とると言う事だけであったらね、それは大した稽古になってないから垢抜けせん。何時迄も先生になれん。俄かに先生になれぬと言うことは、お道の先生と言う意味じゃないと。
いわゆる信心の先生なのである。信心の先生、いわゆる覚えて人に教えてやれると言う意味なんです。
お道の教師と言う事であったり、誰だって一年間修行してくれば誰だって、誰だってと言うとおかしいですけども、まあ百人中殆ど百人が教師の免状を貰って来るじゃろう、俄かに先生になれとる、一年間学院に行けばなって来る。例えば、私の方の直子が今学院に行っとりますが、高校卒業したばっかりの、まだああいうほんな子供です。あの学院でも一番小さいらしいです。子供扱いにされよる事と思うのです。そして一年して年が二十才ですか、なるとちゃんとした教師の免状を貰うのです。
だから、ここでは俄かに先生になれんと仰しゃるけれども、俄かにでも先生になれるのです。そういう意味でならば、しかし教師になったからとて助かる事じゃないです。私はここはどうでも俄かに先生になれぬと仰しゃるのは、いわゆる信心の先生なんです。だから自分がいろいろ信心を体得し、それには体験の裏付けを頂きながら信心の稽古をさして頂いて、そしてそれを人に教えて上げれる、人を助けてやれと言うことは、人に教えて上げると言う事だと思います。
どうでしょうか皆さん、人に教えて上げるだけのものが出来て来たでしょうか、成程おかげ話ならして上げられましょうがね、皆おかげ受けてますから、けれども信心の話を求められてから信心を教えて上げられるでしょうか、もう十年も二十年も信心を続けておりながら、なら信心の話をして下さいと言うて、教えて下さいと言うても教えられるでしょうか。ああ、あの時はこげなおかげも頂いた、あの時はこんなおかげを頂いたと言う話なら出来る、出来ましょうけれどもね。
だからここでは人を助けるという事は、信心を自分が覚えて、その信心を人に伝えて上げれる、教えて上げれる先生をして行かなければならんと言う事であります。私は今日この御理解を頂いて、ここんところを私は、はっきりして来た様に思います。俄かに先生にはなれん、確かにそうです。けれども、もう十年も二十年も経ってるではないか、もう五年間も毎日日参しょるじゃないか、いうならね、もうちったあましな信心がそこに覚えておらんならんのだけれども。
いわゆる、おかげを焦点にして、信心を焦点にしていないと、まあ極言するならばそういう事になるのじゃないでしょうか。神信心も手習いも同じこと、一段一段進んで行く、そこで私はね、先ず本気でね焦点を選ばなければいけないと思いますね。それに向こうて信心を一歩一歩、一段一段、いわゆる近付く、おかげを頂かねばいけんのです。私は昨日一寸ここ下がらして頂いて、事務所の方で何かこう四、五人の人が、今度このマル少の方達が絵やら書き方ですね。
字を書いたものを御本部に送って、いつも御本部で展覧会の様なものがありますでしょう、それにだす訳なんです、それをこう整理しておるところでした。見たところが、えらい素晴らしい字があります。名前が書いてない、こうやって下にはってあると見たら、嘉朗さんところの小学校一年生の明光君です、が書いとる、素晴らしい字だなあと私は思うた。筆の運びが素晴らしい、それから下の方にお姉ちゃんが書いとるとがありました。雅代さんまだ三年生です。
本当に見事に書いとる。皆がうまいなあ、うまいなあと褒めよるところへ行き合わせました訳ですよね。そこで私が申しました。見てごらん本気で稽古をすると、こげな字が書けるごとなるよと、今ずーっと兄弟二人で字の先生のところへ通いよる、一年生と三年生が、それがあの字を見せて頂いて、もう全然もう筆の使い方が違う、後で見て御覧なさい、それはもう見事な字を書いてますよ。いわゆる筆の持ち方から、筆の運びから稽古をする訳なんですね、恐らく墨のすり方から稽古するでしょうよ。
姿勢はこげん書かにゃならんと言うて、姿勢から教えられるに違いありませんよ。筆はこの様に持たなければいけないと、教えられて稽古しとるに違いありません。果たしてお互いが、墨のすり様を覚えておるであろうか、筆の持ち方を覚えておるであろうか、こういう姿勢で書かなければならんと信心の上でも、そういう姿勢を以て信心の稽古をしているであろうか、第一筆の持ち方が違うじゃないの、と言われる様な信心じゃないだろうか、それは墨のすり方が間違っとるじゃないか。
斜めにすってから、こう斜めにすっている人があるが、ここで何時も私がたまがる事は、墨がもう斜めになって終うとることが、私どんがとを見て下さい、こげん真っ直ぐかね、だからやはり墨のすり方でも、やはり習わなければそうである、筆の持ち方がみんな間違うとる、信心の上でですよ。第一信心の修行の姿勢が間違うとる、黒うすると言うから、これは黒苦労修行のこと、修行させて貰うその修行の姿勢が間違うとるから、墨が斜めになって終う、間違ってくる。
焦点がすっきりしてないからなんです。そして信心の稽古に通いよるごとあって、心の中じゃ一日も早く楽になりたい、楽になりたいと言うおかげの事ばっかり考えているからなんです。それは願わにゃならん、楽にならにゃならん、けれども信心のその事を通して、信心の稽古をさせて頂いて、信心を覚えさして頂いたら、こういうおかげを伴うて来ると言うおかげを表して行かにゃいけん、いわゆる今月の焦点であるところの、育つ楽しみ、表す喜びと言うものが、一っも合っていない、上達しょらん。
何十年通うたっちゃ同じこと。昨日は私はその明光君と雅代さんの書いたもの見せて頂いてそこの四、五人おりました人達に申しました。見てご覧、稽古をするとこげん段が違って来るよと五年生のとも、六年生のとも書いとりますけれども全然足元にも寄らん、第一その筆の運びの素晴らしいこと、只いきなり書きよると言う様な事では、只いきなり参っておると言うだけでは、おかげは受けましょうけれども、ここで言うところの、そういう意味での事ならば人を押しのけると言うか。
誰よりも先に体得したいと言う事になって来る、人より我はなお良かれである。そこで焦点どうでしょうか、皆さんの信心の焦点はどこに置いてあるでしょうか、それこそ神様が本当に喜んで下さる様な事を心に思い続けて、それを焦点にしておるでしょうか、おかげを頂いた暁には、おかげを受けた暁には、と言う事を思いよるかも知れんけど、神様が共に感動なさる様な、私は焦点をおかなければ信心は上達いたしません。
私が小学校の、まあ何年生だったでしょうか、まあ三年生か四年生かではなかろうか、善導寺の親教会に当時子供会で通っていた。だから日曜度に、丁度今の親先生が御本部から帰られて、未だそれこそバリバリした青年教師で、勢のよい時分でした。私どものいわゆるリーダー格で、私どもがずっとお世話になったのが、今の善導寺の総代をしとられます岸先生ですね。学校の先生をなさってる、その岸先生と私とが七つ違いますが、恐らく岸先生が十七、八の時じゃなかったでしょうか。
だから私が十か十一位の時じゃなかったろうかと、いまも思うのがはっきりしませんけども、その岸先生と親先生が、教会のお玄関のところの段がありますね、上がり口の、あそこのところに腰掛けて、それこそ信心の話を熱心にしておられた。丁度私どもが休みのとき、昔はあそこの処に手洗鉢がございました。すぐそばに私が手洗鉢のところで何かしよった時に、その岸先生と荒巻先生が話しておられるのが聞こえた。それは岸先生がもう熱心に、その親先生に言うとられる事がですね。
『先生どうでも三井教会の中にね、もう何人と言う事はいりません、一人でよいから真の信者を作って下さい、』と言うとりました岸先生が。『先生もう何人もことはいりません、一人でよいですから真の信者を作って下さい、』ともう熱心にそういう話をしておられました。私は手洗鉢のところに何かの調子で行った時に、私の耳に入って来た。その時、瞬間私が感じた事がですね、『そのたった一人でよいと言われるその真の信者に、私がならして貰おう』と思ったんです。
そしたらねどこから湧いて来るか分からんけど、感動が湧いて来た。私はおかしかったからずうっと横が蜜柑畑でした。蜜柑畑の中に入って泣いた事を覚えております。今にして思うとです、いわゆるその時すでに焦点が出来とった。たった一人でよい本当の信者、真の信者を作って下さいと言うとられる、それは私が真の信者であるとは言いません。けれども目指す所がです、そこであったと言う事、そういう未だ年端もいかぬ子供がです、そういう健気な事を思うた時です、神様が感動なさったのだと思います。
そこを焦点に進むのでございますから、信心が一段一段進んでいく。私は昨日、嘉朗さんところの子供達の書いているのを見せて頂いて、たった小学校一年生、三年生の子供が、お習字の稽古に通うておる、だからもう六年生、もうとにかく見ておった大人達が言いよります。とても私どんでん、こげにゃ書ききらんちゅうて、もう全然筆の運びが違う、今日はここのところ、信心も手習いも同じ事だと。だから毎日通いよるけん稽古のごと思うとるばってん、決して稽古にはなりよらん。
詳しうはなりよる、御理解頂きよるけん。焦点が間違うとるから、だから本気でお習字の稽古を、それこそ先生について、他の学課もありましょうけれども、わざわざ自分で工夫してその時間にはちゃんと、兄弟二人で稽古に通うておる。そして墨の擦り方から、書かして頂くその姿勢から、筆の持ち方から、教えて頂くに違いはない。だからあの様な字が書けるのだと私は思います。
お互いのねえ、先ず信心の姿勢を思うてごらん、墨の擦り方を覚えて見てごらん、それこそ、ここのお初穂袋のところにある墨を見てごらん、てんでこげんなるごと、斜めになるごたる擦り方をしよるとではないでしょうか、それこそサッと机の前に座ったら、こういう姿勢で書かんならんと、どうですか信心の姿勢、私は今日始めてその六十二節を、ははあ、こういう事を今日の御理解が本当の御神縁と言うのじゃないかと思う位、御理解頂いて。昔から人もよかれわれもよかれ、人よりわれはなおよかれ。
こういう風に頂きますとね、何かこう人を掻抜けてでも、自分が先にならんならんと言う感じがせんでもなかったんですけど、はこの最後に神信心も手習いも同じ事と、一段一段進んで行くのじゃと言うとこを頂きました時に、はこの稽古するからには、人よりも先に上手になろうと言うのは当たり前のこと、そうするとこれは、自分さえよかればよいと言うのじゃない事が分かります。神信心も、わが身の上におかげを受けて後、人を助けてやれと言うところもです。
わが身の上におかげを受けてと言うことは、信心の稽古が出来て、その自分の信心の稽古が出来て、最後に俄かに先生になれぬと仰しゃるが、これは決して金光様の先生じゃないと言うこと。金光様の先生になろうと思えば一年ででもなれる、しかも高校出たばかりの私の家の直子達でも、さあもう一年後には直子先生になる事が出来るんだ。だから俄かになれる。だからここでは、俄かに先生になれぬと仰しゃるのは、お道の教師と言う様なものじゃなくて、信心の先生と言う意味なのである。
だから十年通うとる人に二十年通うとる人にならもう大概に稽古が出来とろうけん、ちゅうて質問すると何にも覚えちゃござらん。そりゃ二十年の間にこげなおかげも頂いて、あの時には恐れ入ってしまったとそういうおかげは皆受けておる。けれども信心の先生にはなっていない事に、お互い改めて一っ気が付かにゃいけません。成程後に人を助けてやれと言う事は、助けると言う事ではなくて自分が覚えて、そして人に教えてやれと言う事だと私は思う。教えられる人が教えられたらそこから助かる道はついて来る。
だからこの辺のところもね新たな、六十二節の新たな解釈として、そういう風に頂いて行きたいと思います。手習いも同じこと、一段一段進んで行くと仰しゃるが、本当に一段一段進んでいく、例えば明光君と雅代さんのあれをです、もうそれこそ楽しうて堪らんのじゃないかと思うですね。あの様に上達していくなら、その信心が一段一段進んで行くことが楽しうてこたえんから、もう朝参りも眠いも、冷たいも寒いも暑いも、私は言わんで済む程しの、楽しい信心が出来ると言う事になるのじゃないでしょうか。
わが身におかげを受けて、そして後に人を助けてやれと言う事を、わが身の上に手習いも同じこと、信心が体得され覚える、そこに自分の覚えてる事を人に伝えて上げられる信心になる。それは勿論その人が助かる事にもなり、後に人を助けてやれと言う事です。神信心も手習いも同じこと、一段一段進んで行くのじゃ、俄かに先生にはなれぬぞ。成程俄かには先生にはなれません、例えば明光君達がもう雅代さんが、習字に通うごとなって一年以上にもなりましょうか。
明光君は未だ一年余り小学校に行く一寸前からです、お届けをしてから稽古に行きよります。それは後で事務所にありますから御覧下さいませ。稽古ちゃ本当に素晴らしい事だと思いますよ、他に五年生や六年生の兄ちゃんや、姉ちゃん達の書いとるのと全然違う、ころっとしとる、それにはそれこそ筆の運びが違う。皆さん本当にひとっ稽古なさらねばいけません。稽古するためには先ず焦点を置かねばいけません。
それこそその焦点がそこへ、私がなら子供の時に、本当に三井教会にたった一人で良いから、本当の信者を作って下さい、と岸先生が言うておられた。その本当の信者という信者には私が、なろうと思うた。私が本当の信者であるとは言いませんけれども、願いがそこに何時もおいてある、そう思ったら、それこそ子供心に訳は分からなかったけれども、おかしい位に感動して涙が流れた。
神様がぴしゃっと受けて下さった。健気な事を言う子供だと思うて下さったに違いはない。その思いは強かった。それは私の涙ではない、神様が涙を流して喜んで下さったのではないかと思う。だから皆様も信心の焦点をですね、自分でやはり思うて見ねばいけん、自分はここを焦点にして。その焦点が果たして、神様に喜んで頂ける焦点かどうか、と言った様なところを検討しながら。
それに向かって一段一段進んで行くと言うところになりますと、自然と筆や墨の持ち方も分かって来る訳であります。修行の受け方、信心の姿勢、態度と言うものが、ここにすっきりとした、信心の姿勢が出来て参りますので、すっきりした字が書けましょう、すっきりした信心が出来、すっきりしたおかげが、それに伴うて参りましょう。そこのところを今日は分からせて頂きたいと思います。
どうぞ。